月別アーカイブ: 2014年6月

それぞれの表現。

前回の続きです。
何度か寄席に足を運んでいると、

結構同じ「演目」にぶつかることが有ります。

同日、出演者同志が被る…。何てことはさすがに有りませんが、

昨晩、新宿で聞いたお話しを次の朝、また上野で…。

 

 

これはデジャヴュなのか?

そんな訳は有りません。
演者が変われば、同じお話しでも、

まるで違った印象になります。

 
まずは、話の取っ掛かり「まくら」。

どんな内容のものを持って来るのか?

「掴み」はOKなのか?

話家さんの個性と力量が如実に表れます。

 
それと登場人物の設定、舞台となる土地や場所の

説明の仕方も各々、特徴があります。

 

 

あと、話家さんによって声の張り方や、

高低、口調なんかも十人十色。

表情、しぐさ、間の取り方も各人各様です。

なんと最後の「落ち」までが、まちまち。(ウソです。)

 
師匠から教わった「古典」としてのお話しは同じ一つのもの。
でも、「演目」として高座で演じられるのは、

その「演者」の数だけ存在しています。

その「違い」を体感することも楽しみの一つと言えます。

 

その違いを個性というのか、「味」と呼ぶべきか?
まあ、「味」が出るにはもう少しの熟成期間が必要かもしれませんが…。
同じお話しでも、表現方法はさまざまです。

 
病気も同じことです。

身体の状態の感じ方は、人それぞれ。
また、症状の訴え方も各人各様です。
何をストレスと感じるのか?
また、痛みと感じるのか?

 

 

その患者さんの身体が訴えかける「症状」という

お話しの主題「演目」は何なのか?

 
その方の背景に在る生活環境や人間関係、

その他諸々の条件も踏まえながら、

その「それぞれの表現」に謙虚に耳を傾ける必要性を痛感する…

今日この頃です。

表現するチャンス。

時々、勉強会やセミナー、はたまた個人的な要件で

東京まで出掛けることが有ります。
そんな時に必ず、といって良いほど立ち寄る処があります。
それは、「寄席」です。

 
上野広小路「鈴本演芸場」、新宿「末廣亭」、浅草「浅草演芸ホール」等々。
中でも、鈴本演芸場には大変お世話になっております。

 
仕事の関係上どうしても日曜日に出向くことが多い為、

朝一番の飛行機で羽田へ。

その足で朝10時から始まる「早朝寄席」に直行。
終わったら、お昼を食べて勉強会に出席。

最終の飛行機で日帰り。

これがお決まりのコースです。

 

 

たまたま、土曜日の午後、予約が早く終えた時なんかは、

21時30分開演末廣亭さんの「深夜寄席」にお邪魔させて貰ったりもします。

 
どちらも、2つ目さんの勉強、発表の場で、自主興行。
案内も、もぎりも全て落語家さん自らが遣ります。

 
しかも料金が、上野広小路が500円、新宿で1000円。
こんなんで大丈夫?って却ってこちらが心配するぐらいのお値段で、

毎回みっちりと古典落語を楽しませて貰えます。

 
演者が4人で1時間半、客席が285席で全部埋まったとして…。

何て計算は野暮。

 
高座に上がって一席伺う。

つまり、話家さんは、喋ってナンボ。

それが自分を表現する方法です。

(偉そうに言っているのではありません。若手は、そのチャンスが中々無いのです。)

そして、私はそのそれぞれの「表現」を感じる為に、寄席に足を運んでいます。

あえて…上を目指せ。

残念ながら奇跡は起きませんでした。

サッカー日本代表、GL敗退。

終わってみたら、一勝も出来ずにグループ最下位に。
これが現実、これが実力。と言ってしまえばそうかもしれませんが、

あまりにも無念。

 
世界の高い壁に阻まれて、思うようなプレーをさせて貰えずに

選手達も悔しい思いで一杯でしょう。

更に、この結果を受けて早速、戦犯探しが始まり、

直前まで持ち上げていたマスコミも手のひらを返したように、

批判の嵐が吹き荒れるのは、目に見えています。
監督さんや選手達が、四面楚歌、八方塞がりの状態に

追い込まれなければ良いが。と心配します。

 
こんな時、私の師匠から20年程前に懸けられた言葉を思いだします。

当時、神戸の治療院で勤務していた私は、

独立開業に向けて準備し計画を進めていたのですが、

その矢先にあの阪神大震災。神戸の街は壊滅状態に。

 
予定していた物件もおじゃんに。

その年の春に小学校に入学する長男を筆頭に3人の子供たちと

嫁さんのお腹には、4人目が…。

前に進むことも、退くことも侭ならないそんな状況に

一瞬で追い込まれてしまいました。

 

 

そんな時院長でもある私の師匠が、

「四面楚歌、八方塞がり、何処にも出口が無い様に見えても、

一つだけ「上」はあいている。

神様は、天に通じる道だけは開いて下さっているんだよ。

 

 

行く手を塞がれた人にかける言葉は只一つ。

「それでも前を向いてあえて前に進め。」では無くて、

「上を向け。そして、上を目指せ。」なんだよ。

 
周りを全て高い壁に囲まれて立ち往生していると感じたら、

焦ってはいけない。

その場に根を下ろして上に、上に伸ばして行けば良い。

そして、壁を「越す」んだ。それしか道は無い。」

 
その言葉に気持ちを奮い立たせて、

震災から3年後に縁あって芦屋駅前に

現在の治療所を開設することができました。

 
だから?私も香川選手に会うことが有ったら

(まず無いし、もし有っても「誰?このおっさん。」と突っ込まれるのがオチやけど。)

こう言いたい。
「下を向くな。顔を上げて。
あえて…上を目指せ。」と。

雨が降ったら

「あめがふったらポンポロロン
あめがふったらピッチャンチャン。」

と耳に残る響きが子供たちもお気に入りでした。

 
今日は、梅雨のこの時期に読んでホッコリとする絵本を一冊、
ご紹介します。

佐野洋子さんの「おじさんのかさ」(講談社発行)です。

 
おじさんはとても立派な傘を持っていました。

ご自慢の傘で出掛ける時はいつもその傘を持っています。

でも雨が降っても傘を差しません。

なぜって大切な傘が濡れてしまうからです。

というちょっと頑固で愉快なおじさんが主人公のお話です。

 
そんなおじさんがある日、公園で小さな男の子と女の子が、

雨の中、楽しそうに歌っているのが聞こえました。

「雨が降ったらポンポロロン、雨が降ったらピッチャンチャン。」

おじさんは、子供たちの歌が妙に気になって、

自分も何となく試してみたくなりました。

 
そしてついにご自慢の傘を差してみます。すると…。
確かにポンポロロン、ピッチャンチャンという音がします。
嬉しくなったおじさんは、雨の街へと…。

そして、家に帰ったおじさんは,しっかり濡れた傘を見て

濡れた傘も良いもんだ。と思います。

 
このお話は、2つのことを私たちに教えてくれます。
先ず、物は使わなくっちゃ!という事。
そして、物には夫々役割があって

その役割を果たした時が、最もその物らしいんだと…。
本当の自分、その人「らしく」生きた時が、最も輝いているんだ。

さあ、生きよう。って。

 
雨が降ったら、

雨の日もそう悪くはないよね。

そう思えたりします。

 

そして最後の奥さんのナイスなツッコミにも

思わずにやり。

 

感性と表現力

知り合いの方からの、

「家で飾っているよりも、先生の治療院にある方が、

沢山の人に見て貰えて絵も喜ぶでしょう。」というご厚意で、

立派な絵画を飾らせて戴いています。

 
画家であり、陶芸家であり、書家であり、造形作家でもある

安藤岬氏のリトグラフ(版画)で、「舞妓」と言うタイトルの作品です。

76.5×59.5の結構な大作でもあります。

 
安藤岬氏は、
私の愛読書でもある司馬遼太郎先生の

「街道をゆく」シリーズの全ての挿絵を手懸けた

洋画家須田剋太(すだこくた)氏の

唯一のお弟子さんであった事でも知られています。

 

 

入り口玄関入って直ぐ左、

待合室の壁から笑顔でお出迎えをしてくれています。
不思議なことに、どの患者さんも一目見て、

「舞妓さんやね。可愛らしいなぁ。」と声を掛けて下さいます。

若さや、幼さ、華やかさが、絵から伝わって来るのでしょう。

黒と朱色の額とも相舞って何とも「和」テイストです。

 
でも、よくよく観察してみると、ちょっとした違和感を感じます。

(私だけかもしれませんが。)

左右の肩の高さが違いますし、顎関節もズレが有り、

きっと股関節にも左右差が在るだろうなぁ。

これは、頚椎一番、二番を調整した方が良いかな?
なんて具合です。

 
でも、この絵の彼女の「軸」が教科書通りに整っていたら、

きっと何の面白味の無い、只の綺麗な絵に

なっていたであろう事は、容易に見当がつきます。

 
彼女の持つ「アンバランス」さこそが、

若さという「魅力」を引き出しているのかも知れません。
この微妙にアンバランスなバランス。

それこそが、作家さんの持つ感性と表現力なのかも知れません。

 

 

 

患者さんにとって最も良い状態、その方「らしさ」とは?
そして、その「らしさ」を如何に引き出すべきか?
それは、私自身の施術家としての感性と表現力にかかっているのだ。

と、改めて考え為せられた作品でもあります。

って、どんな作品やねん!

 

それはさておき、Y様、本当に有難うございます。

青龍

w杯、ギリシャ戦。
朝7時のキックオフの為に、

リアルタイムで試合を観ることが出来ませんでしたが、

患者さん情報によると、

ギリシャ選手の退場で、数的優位にも係わらず攻め切れずに、

痛恨のスコアレスドロー。

これで、予選リーグ突破は限りなく難しいものとなってしまいました。

 
それにしても、2試合続けての雨。
前回大会では、ユニホームに熊野本宮大社のお仕えである

八咫烏が設えてあったのですが、
今大会では、そういった日本代表をサポート(守護)するものが無く、

大丈夫なのかな?と心配してはいたのですが…。

 
でもまあ、ここまで来たら雨続きでもあるし、

サムライブルーの青繋がりで、

四神の中の東方を守護する青龍にお願いして、
極東の地から来た日本代表の為に、

遠いブラジルの地で働いて貰い、次のコロンビア戦では雨。

とは言わずにまさかの大嵐に。

 

 

その混乱に乗じて、怒涛の大量得点。

そして、大逆転での決勝リーグ進出へ。
何ていう奇跡が起きないものか。

 

 

ここは、本当に神頼み…。です。
でも、そんな荒天の状況であっても、

雲間から覗くわずかな「光」を信じて最後まで諦めること無く、

頑張れ日本。

緩むと楽になる。

全ての人に本来備わっている自然治癒力を引き出すためには、

先ずその力が発揮出来る状態にまで引き上げる必要があります。

 
疲れきっていては、抵抗力や免疫力も働いてくれません。
⑴その原因となっている筋肉の過緊張やストレス、

思い込みやしがらみやら、その他諸々の不必要で余分なものを

「取り除く。」=緩める。

 
⑵その人に足りないもので、且つ必要なものを「補う。」

 
⑶滞りの無いように「流れを作る。」

 
心も身体も「緩む」事が、一番です。
そして、緩める為には「歪み」を直す事が大切です。

 
歪みの無い「良い姿勢」では、
重力を骨で支える為に、余分な筋肉の過緊張がありません。

 
そして、脊椎(背骨)が正しい位置にある為に、
⑴脳や脳脊髄液、脊髄神経の「流れ」がスムーズになる。
⑵自律神経の働きに良い影響を与える。

 
その結果として、血液循環や水分代謝が良くなる。

内臓の働きやリンパ液の流れなどが活性化される。
痛みや、機能不全が改善の方向へと向かう。

 
以上が、整体やカイロプラクティックなどで

説明されている施術の機序であります。

 
簡単に言うと、

「緊張すると歪みます。また、歪みが在ると緊張し易くなります。」
「歪みを直すと、ほっと緩みます。緩むと自分で治す力が出て来ます。」
「その治す力が滞り無いように流れを作りましょう。」
となります。

 
え〜と、あんまり「簡単」では無かったですね…。
長々とお付き合い抱き、有難うございました。

「流れ」を作る。

W杯、初戦のコートジボワール戦1対2の逆転負け。

本当に残念です。

 

 

試合後、選手達も「自分達のサッカー、仕事が出来なかった。」

「流れを作れ無かった。」と悔しさを滲ませながら口ぐちに答えていました。

次の試合、何とか結果を残して欲しいものです。

 
ところで、私たち施術家の仕事は、

患者さん自身に本来備わっている「自然治癒力」を引き出す事です。
東洋医学では、「病気」というものが存在しているのでは無く、

在るのは一人一人の「不調和という状態」だけ…。と考えます。

 
その不調和を「調和」した状態に戻す為には、

大きく二つの方法があります。
⑴余分なものを取り除く。
⑵足りないものを補う。
です。

 
エネルギーが有り余った状態を「実」。
エネルギーが不足した状態を「虚」。
それを取り除いたり、足したりする事をそれぞれ

「瀉(しゃ)」
「補(ほ)」と呼びます。

 
それぞれの状態を見極めながら、「補瀉」を施して

各人のニュートラルな状態、自然治癒力が発動為れやすい状態へと

エネルギーの「流れ」を作る。
これが、基本的な施術の考え方です。

 
エネルギーの流れを作る。
具体的には、どの様なものでしょうか?
それは、「気」、「血(けつ)」、「水(すい)」の流れです。

 
一般的に当てはめれば、血液循環、水分代謝、

そしてそれ等を統合して運行する力やシステム。

(ホルモンや自律神経などもその範疇に入るかもしれません。)
では、これらの「流れ」と「歪み」との関係は?

 
またまた、次回に。

三「み」一体?

からだも衣替え~梅雨編~から始まって、

前回まで身体の軸や重心、姿勢などについて書いてきましたが、

隠れメッセージ的に3つの「み」に関しても触れていました。

 
それは、
①むくみ
②たるみ
③ゆがみ
についてです。

 
これらは、いわゆるダイエットを行う際に立ちはだかる3つの大きな壁です。

3つ揃って三「み」一体になると尚、厄介です。
これは、単にダイエットだけの問題では無く、健康上も大きなリスクと成ります。

 
一つ一つ、見て行きましょう。
先ずむくみですが、これは余分な水分や老廃物をいかに排出させるか、

代謝や循環の問題が関係してきます。

そして、体質的には「冷え」も無視することが出来ません。

 
次にたるみ。これは、筋力と重力の関係。余分なお肉を如何するのか?

効率的な運動方法や、食事法、呼吸法など。

実際にご自身で会得して、実行して戴くことが肝要と成ります。

 
最後に歪み。特に日頃からの姿勢が大切です。

ただ、良い姿勢とはどんな姿勢か?

をきちんと理解し、意識する必要があります。

 
この三「み」一体の状態を治療する際に

一番ポイントと成るのが、「歪み」を正すこと。です。

 
詳しくはまた次回に。

体幹を意識する

骨で重さを支える。と前回のブログで書きましたが、

その骨を「骨格」というカタチに築き上げているのが、

いわゆる「骨格筋」と呼ばれている筋肉です。

 


骨格筋は、腹筋や大胸筋など外から見て解る「表層筋」と

身体の内側、骨に近い部分に在る「深層筋」に分けられます。

 


この内、姿勢を保つ上で特に重要なのが、

深層にある筋肉(いわゆるインナーマッスル)です。
その中でも、腸腰筋(腸骨筋、大腰筋、小腰筋の3つから成り立つ)、

特に大腰筋が重要な役割を担っています。
最近、スポーツ関連やリハビリの分野などでも取り上げられる事も多く、

雑誌やTVで目や耳にされた方もいらっしゃると思います。
大腰筋の鍛え方や、ストレッチ法などは、

いろいろなところで紹介されていると思いますので、

そちらを参考にして頂くとして、ここではその「考え方」を記していきたいと思います。

 
腸骨筋というのは、唯一上半身と下半身を繋ぎ、

尚且つ骨盤を支える筋肉です。
その為、姿勢を保持する上で非常に重要な筋肉です。

 

 

しかし、深層で且つ内臓のそのまた下に有る為に、

見えませんし、触ることも出来ません。
力こぶや、胸の筋肉のように見て触って、鍛え具合を「体感」する訳にはいきません。
そこで重要なことが、「意識する事」です。「無意識を意識に上げる。」のです。

 

 

その具体的な方法が「意識して歩く」「意識して足を上げる」です。

腸腰筋は、腰椎(腰骨)から始まって、

骨盤の内側と大腿骨(太もも)の内側まで伸びている筋肉です。
ですから、腸腰筋を意識するとは、自分の足を股関節(脚の付け根)から…。

では無くて、骨盤から下が全部自分の足。

もっと言えば、「みぞおち」から下が全て足なんです…。

という意識で歩く。という事です。
あたかも、モデルになったかの如くその美脚をダイナミックに動かして見て下さい。

 
そして、立位では「踵骨(かかと)」に重心が掛っていることに意識を。
また、坐位では、「坐骨」に意識を。
どちらも、読んで文字の如く。
足の重心だから、「踵」。
座る時に支える骨だから、「坐骨」。

 
これらを意識する。「無意識を意識に上げる。」だけで、

腸腰筋が働き、骨盤の傾き(前後傾)がニュートラルな状態に近づき、

ひいては「解剖学的肢位」が取り易くなってきます。

 
先ず、体幹を意識して下さい。
そして、その違いを「体感」して下さい。